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見ない技術

by ライスには塩を

そろそろ私も四十路である。

思考回路がぐんぐん変わっているのを、最近とみに感じる。全身の血をキュウと抜いて、装置に通し新たに栄養をたっぷり加え、またキュウと戻して…ってくらいの変化である。

二十歳のころと今の私では、全身をめぐる白血球も血小板も、ぜんぜん違う形をしているに違いない。

何もかもをつぶさに「見る」べきだと、若い私は思っていた。

クリアな目で事象を見つめ、しっかり体に取り込んでから何事も判断すべきだ、と。世の中に無駄なことなどなく、(すべてとは言わずとも)大抵のことはがんばれば克服できるはずだと。なんて偉いんだ、かつての私よ…

さて、今は全く!そうは思ってない。

教訓にも一般論にもなり得ないのでご注意を。すべての四十路が、このような考えではないだろう。これはそもそも、私が「悩みすぎ」性質であることに拠る。

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例えば人間関係において。

交友トラブルにおける「大したことない」と「気にしておくべき」の基準が、私にはイマイチよく分からないのである。つまり、

人や場によって、基準が違い過ぎるよなあ?

と思ってしまう。

待ち合わせでドタキャンされても気にしない人だっているし、来週の予定を共有しないだけで(ただの友達であるにも関わらず)機嫌を激しく損ねる人もいる。どの基準を採用すべきかは、状況でコロコロ変わるわけで…。これって考えても、悩んでもしょうがない。起こるべきときには起こる事象だから。

でも長らく、私は悩んでしまっていた。

若い私は、全て引き受けなきゃ!と思っていたのだろう。いや今だって、直視すればそう考える。悩む。矛盾や不可解なできごとや何やかや、そういうものを目にしたらトコトンまで考えてしまう性質なのである。

自分、不器用なんス。

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考えてもしょうがないことを、考えないにはどうするか。

物理的に「見ない」ことが、私にはとても大切。それはシャットダウンの技術だ。ともかく視界に入らないよう、物理的に段取りしておくのがラク。

メールはフィルタして、できるだけ自動で既読にする。LINEは通知を切る。Facebookはアプリをアンインストール、twitterはリアルな知り合いをフォローしない。

他人の情報を得すぎて、疲れてしまわないために。

ニュース系サイトやアプリは見ず、朝刊のみ読む。googlemapの代わりに、近隣の地図(文庫本サイズ)を買う。iphoneはwifi環境下だけの稼働にする。

ネットの海におぼれて、考えるべきことを見失わないために。

参観日は、自分の子供しか見ない。終わったらすぐ帰る。公園では、自分の子供しか見ない。時間になったらすぐ帰る。挨拶だけはにこやかに。井戸端会議は視界に入れない。

会社では、基本的におしゃべりしない。掃除などの当番はしっかりと。ランチはひとりで。時間になったらすぐ帰る。

他者との関わりから発生するモヤモヤを抱えつつ、育児・仕事をこなせるほど器用じゃないので。

ふふふ、孤独だねえ。面倒なヤツだと思うでしょう?
でも快適なんですよ。二十歳のころよりね。


ライスには塩を
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