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修羅たるママたち

by ライスには塩を


「母親業」とは、修羅なものである。

独身のかたからしたら、嘘やろ?!と思うかもしれない、厳然たる事実がある。母親というものは、

自分の子ども以外はどうでもいい

と思っている。原則、おしなべて。

※※※

これは、母親業に参入する人が踏まえておくべき、かなり重要なポイントなんじゃないだろうか。

よその子どもが憎いとか、そんなこととは違う。みんな可愛いよなあ等と、集団遊びを眺めて思うことも多いんですよ?だから、また違う話なのね。

天性の教育者よろしく、すべての子どもに愛を注げるママも勿論存在する。稀に。しかし突き詰めれば、

自分の子どものことしか視界にない

そう考えて良いと思うの。本能なのかもしれない。

※※※

我がままなどではない。それくらいじゃなきゃ、あんな小さい生き物を大きくそだてあげるなんて、とてもできないって話なんです。

しかし、前提を踏まえると踏まえないとでは、色々やり方が違ってくるだろう。

「うちの坊ちゃんはね」「あー、うちの子の場合」「うちの◯◯ちゃんは…」

なにもしなけりゃスネ夫のママ状態だ。煙たがられがちにはなる。本当は皆、そうしたいからだ。うちの子には誰も興味ない––そう思っているくらいが、むしろラクなのかもしれない。

また難しいのは、本当は誰もが「他所に興味しんしん」な点であって。

なぜって、自分の子どもを「はかる」ため、比較はするものだから。比較のための観察と批判は欠かさない。それを井戸端会議で総括しあったりね…ふふ、面倒くさいでしょう。でも、実際に育ててはくれない。自分以外は。

これも愛なのか。業なのか?
いやはや、いやはや。


ライスには塩を
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