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老いても貴方と末永く

by ライスには塩を

つい先日、『認知症特集』がNHKで編まれていた。
そのなかで印象に残ったこと。

高齢化するほど課題となる認知症。サポート体制はわずかずつながらも進化しているのだが、制度の利用を拒否する家庭は少なからず存在するらしい。

取り上げられていた夫婦は子どもがおらず、旦那さんがひとりで看ており徘徊を止めることができず(GPS発信機なども用意されてはいたが全く使いこなせていなかった)、ケアマネージャーが日参して説得を重ねている状況だった。デイサービスを少しでもいいから利用したい、でも本人が嫌がるもんだからと彼は頭をかいた。

奥さんは微苦笑して言う。

「私病気じゃないの、だって認知症ならもうここには居ないよ」

徘徊もお散歩くらいに考えている。衝動的にたどり着いた遠い街からは帰れない、怪我して救急車で運ばれる。旦那さんは静かに、速やかに疲労していく。

考える。

考える。

考える。

考える。

考えて想像する。

想像する。

想像する。

想像…妄想する。

妄想する。

妄想する。

妄想する。

妄想する。

妄想妄想妄想妄想妄想妄想妄想

(これは……施設に入ってしまわないと皆共倒れになるな、子どもらにも迷惑がかかる!私はすぐに承諾しよう……でも毎日すべてを忘れてしまうなんて物凄く不安なことで、その状況で施設行けデイサービス行けなんて言われたらそりゃ戸惑うだろうし恥はかきたくないし、記憶が消えちゃうなら認知症を自覚する術もないわけでパニック必至だな、家にいたい……いやでも、辛すぎたら人は憎むようになるし、いくら忘れるとはいえ家族に憎まれたら。いや、そもそも家族が苦しかったら本人だって辛いだろう。おむつ替えの態度や見せる笑顔の不自然なひきつり、ドアを閉める力加減で、愛情の変化をつぶさに感じ取るに違いない)

私はテレビを消し、別室の夫のそばへ座る。

タブレットでのオンラインゲームが、彼はいたくお気に入りだ。

「ねえ」

「ん?」

夫は全く顔も上げず返事をした。先ほどの番組内容を、熱を込めて切々と説明した。

「まーたそんな取り越し苦労してんの」

彼はハハッとさわやかに笑う。

「違うよ!これはすぐに訪れる未来だよ、ちゃんと考えておかないとさあっ…そのときになって子供たちが苦労す」「はいはいはいはいはい」

稀代の楽天家なのだ。私はめげず言いつのる。

「でさ、もし私がすごく渋ったらさ、『小説ずっと書いてていいよ』って言って。そうすりゃ多分納得するから」

私が一番暇をつぶせるのは、書いているときだ。

読書すべき本、書きつけるべきノート、タイプすべきノートPCがあれば何とかなる。そう思える。お金かからない自家発電みたいなもんだ。暇が一番いけないんだと思う、暇は憂鬱を呼び、憂鬱は真っ黒な霧を呼び寄せると思う。やることを用意するだけで自分を見失わずに済む気がする。

現在の努力は、来るべき日に向けた重要な鍛錬となるだろう。

「あー、そうかもね? わかったわかった覚えとく」

液晶画面に指をすらすら滑らせながら夫は頷いてみせた。それからふと目を上げ空を見た。

「じゃあ俺はさ、ゲームとネットサーフィンができるようにしといて。あと、ちょっといいヘッドフォン」

「OK。漫画とか読まなくていいの」

「そんなの別にいつだって持ち込めるだろ」

ふと考え、私は聞いてみる。

「うちお金ないから、個室じゃないかもしれないけど大丈夫? 君、仕事抜きのコミュニケーション絶ってるよね」

「ええーっ!! それは厳しいな……」

夫はぶつくさ言いながら、ぴかり光ったアイコンを素早くタップした。

「集団行動やだなあ~」

***

多分私たちは何ひとつ分かっていない。

キーボードやコントローラーを操る術すら忘れてしまうかもしれないことも、画面についていく体の機能が悉く失われる可能性も。趣味など楽しむ余裕を持てないくらい、記憶のない世界に生きる不安を抱えることも。現実として考えるのは難しい。祖母や両親が倒れたとき、やっぱり私は上手く考えられなかった。思考を深めることのないまま、虫のように繰り返し彼らを見舞い求められるルーチンワークをこなしただけだった。精神を麻痺させることで死の持つ壮大なパワーを受け止め、がむしゃらにいなしたのだ。馬鹿なのだろうか? きっと馬鹿なのだろう。

***

「あ、最後にもうひとつ」

私は閃いて付け加えた。

「毎日会いに来てね。お話してね」

夫はふんふんと適当に頷く。彼はすでに、ゲームの世界へと再度没入している。


ライスには塩を
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